卒園の記念品は顔写真を印刷したマグカップでした。

子どもが保育園を卒園する時に、役員の親御さんを中心として記念に、卒園する園児の顔を印刷したマグカップを作成しました。もちろん、担任の先生の顔も記載させました。顔だけは写真で体は全身が小さくプリントされているのですが、その体が一人、一人、服が違ってユニークでした。完成されたマグカップを見ると、どの子も皆いい顔をして、プリントされた服が似合っていました。つくったマグカップはもったいなくて使えそうにないでので、リビングに飾ってあります。作成した数もそんなに多くはなかったのですが、一人頭の価格も、とてもリーズナブルでした。依頼した会社も教えてもらったので、何か記念にしたい事や日があれば、個人的に作ってもらいたいです。写真でも小さかった時の記憶を残す事もできますが、こういった写真とはまた違う形で残る物って素敵だと実感できたマグカップです。

いまの時代だからこそ印刷が大切

近年、パソコンとインターネットの発達により紙媒体が減少の一途を辿っています。これは漫画や小説にも電子書籍の波が来ていることからも確かだと思います。確かに、紙媒体に比べて電子書籍のほうがコストなどの面で優れている部分があるのは否定出来ません。また、保存するときにも場所を取ることなく保存できるというメリットもあります。しかし、私のように子供の頃から紙の漫画や小説に親しんできた人間としてはまだまだ違和感を感じることがあるのも事実です。本を手にとったときの感触や新しい本を手に入れた瞬間のワクワクは紙の本特有のものだと思えてならないからです。私も電子書籍を読んだこともあり、便利だと思う反面、前述したようなことを感じました。電子書籍と紙媒体、この二つともに魅力的な部分があるのではないでしょうか。便利だからという理由だけで物事を決めてしまうのは少し寂しいような気もします。紙媒体にとって、これからますます大変な時代になるかもしれませんが、できる限り紙の印刷を続けていってほしいと思います。

家庭における印刷の変遷

ワードプロセッサーが登場する以前は、印刷という行為は職人が工場で行うものというのが一般的な認識で、家庭内では馴染みの薄いものでした。タイプライターにしても、オフィスには備えてある事があったものの、一般家庭ではまず所有しない物で、身近な存在ではありませんでした。子供にとっても、馴染みのあるものとしてはせいぜい年賀状の芋版や、学校でのガリ版程度のものでした。しかし、ワードプロセッサーの登場で、そうした状況は一変しました。文書を印刷する事が一般家庭でも当たり前のように出来るようになり、印刷という行為は我々にとって非常に身近になりました。その後、ワードプロセッサーからパソコンとプリンターの組み合わせに取って替わられると、文書だけではなく、グラフィックをプリントする事も可能になり、一層利用範囲が広がりました。